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れみどりの☆楽・音・食・眠☆     ☆らくおんしょくみん

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ヤマハオルガン教室

4才のおわり、幼稚園の頃、ヤマハのオルガン教室に通うようになりました。
当時は多分そういうスタイルでの教室が始まったばかりだったのだろうと思います。通っていた幼稚園の講堂に何台かのオルガンが並べてあり、そこでのお稽古だったような…。記憶は定かではありませんが。

でも間もなく引っ越すことになりました。全国的に建ち並び始めた郊外の公団住宅団地に当選したのです。5才の秋に引っ越し。まだ一期工事が済んだばかりで住人も少なく、母も、4才違いの弟の世話で忙しくあんまり構ってくれません。毎日淋しくて仕方有りませんでした。そんな中で、初めてのオリジナル曲が生まれました。
題して「ひとりぼっちの歌」♪ひとりぼっちはつまらない~♪と切ないメロディーにのせて…。(;^^)ちょっと流行歌風だったかな。

引っ越しに伴い、オルガン教室も変わりました。最初は街中のちょっと古い教室。でも、当時はまだ異年齢の子が一緒にレッスンしていたのでしょうか。進度や理解度もさまざまだったのかもしれません。先生の質も生徒のレベルも母のめがねに適わなかったようで、まもなく教室を移りました。翌春新たに開設された幼稚園内でのレッスンです。

ヤマハのレッスンで今でも憶えているのは、最後に歌う「小鳥がね お窓でね…」の『ヤマハ音楽教室の歌』。なんと夫も当時通っていたらしく、この歌を歌えるのには、結婚してから知って驚きました!

テキストに出てきた「川は呼んでる」が大好きで、毎日、朝起きるとパジャマ姿のまま、まずオルガンに向かってこの曲を弾いていたことを憶えています。ずっと後年になって、シャンソンの名曲だと知りました。当時のわたしはてっきりこれも「ヤマハの曲」だと思っていましたけど。

毎回レッスンでの音当てでは、先生が弾くやいなや、わたしともう一人の年上の男の子とで全部当ててしまって先生が困っていた…と母があとで言っていました。そして、ある日ついに先生から母が言われました。「本格的にピアノのレッスンに移られたほうがいいと思います。ここでは他の人とレベルが開きすぎて、かわいそうです」 …先生もさぞやりにくかったのでしょう。

その日から父と母の、先生探しが始まりました。せっかく習うならば、きちんとした先生を、と考えたからです。母は毎日、団地内を耳をすませて歩きまわります。窓から響くピアノの音を頼りに、これはと思える演奏があったなら、その方の先生を訪ねてみようとおもっていたのでした。

意外にも、求めていた音は、すぐ隣の棟から響いてきたのでした。


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